国宝級歌手 東海林太郎

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昭和8年から昭和46年までの38年間、国民的歌手として活躍した
東海林太郎をご存知だろうか。
おそらく50歳未満の方には古すぎて知る機会もなかったであろう。
年代からすれば70歳以上の方なら誰でも知る国宝級歌手なのである。

元々はクラシック歌手を志していたのだが、当時はそれで生活が成り立つはずもなく幾多のレコード会社を経た後、ヒット曲「赤木の子守唄」で世に出る。

独特の髪型にロイドめがねで燕尾服を着て直立不動で口を大きくあけて歌う。私は小学生の頃(昭和30~40年代)、テレビ東京の懐かしのメロディでその歌う姿を何度も見て子供心にいい歌手だなあと感じていた。
日本歌手協会の初代会長をつとめ、歌手として数々の賞を受賞。
国民的と評価され、国から文化勲章も受けている。

東海林太郎は生前「私にとって赤城の子守唄もシューベルトやベートベンの歌曲も歌う心構えには、いささかの区別もありません」と語っている。

昭和47年10月、73歳でこの世を去るまでレコードの吹き込みは
2000曲におよぶという。
今の演歌の原型は東海林太郎の歌謡が基をなしているとも言われている。

私はカラオケに行くと必ず東海林太郎の「国境の町」「すみだ川」
「野崎小唄」を歌う。
知人たちは一様に驚き「古い歌よく知ってますねぇ」と目を丸くする。
そうは言われても子供の頃から好きなんだからしょうがない!


Commented by 紅燃える at 2006-06-10 21:52 x
東海林太郎は直立不動の歌魂。気品がありましたね。凛とした姿。今の日本に必要ではないでしょうか。菊池清麿氏あたりが東海林太郎とその時代を書くと、今私たち日本人が失ったものを描いてくれるでしょう。

Commented by at 2006-06-10 23:19 x
紅燃えるさん、コメントありがとうございます。東海林太郎を始めとするあの時代の多くの人々には日本人の誇りがあったと思います。翻って現代人の抱えるモヤモヤ感は何んなのでしょうか。経済合理主義、欧米傾倒など。複雑すぎる現代社会の中で自由という不自由さに右往左往している自分がいます。(トムノグ)

Commented by 秋田誉れ at 2006-11-16 22:38 x
『国境の町−東海林太郎とその時代』(北方新社刊)
が上梓されたもようです。著者は菊池清麿氏。

Commented by トムノグ at 2006-11-17 23:12 x
秋田誉れさん、情報ありがとうございます。
機会があったら拝読したいと存じます。

Commented by 小町雪山 at 2015-06-30 23:58 x
菊池清麿氏の『ツルレコード昭和流行歌物語』(人間社/樹林舎)は面白い。東海林太郎先生はメインではありませんが、同時代の名古屋のマイナーレーベルの奮闘ぶりはなかなかです。
by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-31 20:42 | 音楽三昧 | Comments(5)

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