画家・廣本季與丸 再評価の時

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廣本季與丸 (1908−1975)  「李」 油彩F3号  
個人コレクション

芸術とは権威者の思惑があって評価されてはならないと思うが
どの世界でもそうであるようにそれなりの他力を得なければ世に出ることは難しい。

絵画は特に見た目が明確なので万人が綺麗と感じるものが受けやすい。
それは題材、色彩、技法、大きさなど主観的に感ずる部分と思う。
画家の人柄、生き方、作品の背景などは見た目ではわからない。

物故画家は特に生存中の評価?が後世に残る。
名も知られていなかった画家の多くは跡形もなく消えていく。
そんな中で没後37年、再評価されている画家がいる。
廣本季與丸(ひろもと・きよまる)その人だ。
明治41年愛知県に生まれ、画家を志し20代に帝展・文展等で入選、頭角を現わすも
36歳で出征し画業中断、戦後復帰し日展出品歴多数、最終的には無鑑査となるが賞には恵まれなかった。
画壇の中心人物や審査員との関わりを意図して持たなかったことが評価の舞台に上がらなかった由であろうか。
作品は身近なものばかりで地味な静物画や家族をモデルとしたものだ。

画家の信条は画集等に次のように残されている。

<永遠なる生命感を>
これが私の信条です
空を描けば 風を感じ
水を描けば 汲み取れる水を
人を描けば 肉体の暖かさを
仏を描けば 幾年を経た良さとこうごうしさを
石を描けば 其の重量感を
花ならば 其のみずみずしさと香りを
子供を描けば その歌声も
画道に熟練は元より
詩あり文学をともなってこそ
永遠なる生命があり
人々の心に応えるもののある作品を願う



フォトの作品「李」は某オークションで入手した。
知る人は少ないので格安で落札できた。

静謐に描かれた李から清貧な生きざまを感じる。
まさに画家の信条が表現された作品と思う。
これほどの画が世に埋もれてしまってはもったいない。

目利きコレクターの間で再評価されている廣本作品は
閉塞感漂う今の時代の人々に真の生き方を示唆しているように思う。


by kokoro-tomnog2005 | 2012-12-13 11:53 | アートな日々 | Comments(0)

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