高齢の親を看る

80代半ばの両親の世話で細君は実家に行っている。
若い頃の親のイメージが強く残っていた中で現実の老いた両親の姿と行動に受けるギャップは大きいようだ。
さて高齢の親を看る生活にお疲れの家族が多いことはよく知られている。
我が国の公的福祉の限界の中で自助努力でこの問題を解決するとなれば経済力というしかない。
高齢者が家族と離れてある程度行き届いた支援サービスをうけながら生活するとなるとそれなりの施設の利用が必要だ。
しかし現実はその利用費用は莫大で一部の資産家でないと容易に利用できない。
前払いの一時金数千万円と月額30~40万円もの利用料を支払える人は限られる。
だからどうしても人力で一緒に生活をしながら面倒をみるしかないのだ。
「面倒」とは厄介とか手間がかかって嫌なことを意味する。
もう毎日のことだと気持ちよく世話をすることは難しい。

高齢の親を看ることの現実はきびしいのだが後ろ向きな姿勢では必ず看る側が壊れてしまう。そうならないために家族で高齢者の心理を理解し適当に対応していくことが必要であろう。
そんな心境の時に面白い本が手に入った。

      

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誰もがぶつかる、老後のはじまりから終わり方までを高齢者側の立場から書いた「ちょいボケ迷走記」(野末陳平)、おもしろ可笑しくいっきに読んだ。

○常に不安、迫りくる死への恐怖を実感するのが老人。
○自分のことで精いっぱい、それが年寄りというもの。
○老人がいら立ち、やつ当たり、片意地、頑固になるのは昔の自分と今を比較するから。
○居心地のいい空間だけ選んで気楽に暮らしたい。遠慮と気がねのいる空間は息がつまって生きにくい。
○自分より気の毒でみじめな老人を見れば、少しは前向きに生きる気持ちになれる。
これらが高齢者の心理の主なものらしい。

そして最後に幸せな老後を保証する3条件
①運 ②人柄の良さ ③好かれる努力
だそうだ。

ちょっと考えさせられた高齢の親と自分たち、そしていずれ訪れる高齢になった自分。




by kokoro-tomnog2005 | 2013-02-16 11:03 | 人の生き方 | Comments(0)

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