カテゴリ:アートな日々( 131 )

坂本繁二郎回顧展

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6月16日(金)~7月8日(土)
ブリジストン美術館(東京・京橋)
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

25日(日)所用の途中立ち寄る。

中央画壇とは一線を画し、生涯高踏的な独自の画風を貫いた
坂本繁二郎、人生の画期とモティーフの変遷を5つのシーンに分けて作品150点が展示されている。

1 洋画との出会いと模索 1898−1920
2 フランス留学と自己への確信 1921−1924
3 美しき郷里と馬 1925−1942
4 深まる芸術・能面と静物 1943−1963
5 晩年のはなやぎ・月と馬 1964−1969

日本人であることに誇りを持ち、自然と人間を見つめることから生み出した作品の数々は日本の豊かな自然と奥ゆかしい人情を表現している。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-06-27 22:33 | アートな日々 | Comments(2)

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これは12年前、知り合いの古書店で購入した古書資料に製本されていた版画です。

くずし字が解読できないので文体がわかりません。
「紅葉・・」という烙印らしきものがあります。
鶴の絵には「桂夕」というこれまた烙印らしきものがあります。

ほかにこんな艶っぽいものもありました。
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湯上り美人の画といったところでしょうか。
やはり「桂夕」という烙印らしきものがあります。

2品ともどういうものかわかりません。年代物の古書資料(明治か大正か)の中に製本されていたもので、当時このような刷物が流行っていたのかもしれません。

額装すればそれなりに、放っておけばただの紙屑に。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-06-06 23:32 | アートな日々 | Comments(2)

絵画の価格って

絵画のサイズは号数で表示されています。0号から始まり1、SM、6、10、30といったような具合です。

最近、インターネットや雑誌で作家の評価が号10万円の場合、10号の作品は10万円×10号で100万円だというような記載が見受けられます。それだと100号の大作だったら1,000万円にもなってしまいます。
市場取引でそんなことはなく、実際には比例評価が現実的です。
例えば号10万円評価なら3号で35万、6号で55万、10号で80万という感じです。しかしこれも作家によってはもっと高くなったり、低くなったりします。実のところ号評価というのは価格の実勢を知る手がかりにはならないということです。
あくまでも作家の人気や知名度の目安ととらえた方が正解です。


本来は作家自身の評価作品の内容出来映え保存状態などを総合的に勘案して決められます。
わかり易くいえば多くの見る人の心をとらえて離さない魅力のある作品が高い評価を受けるということです。
画商の方々が決める評価は以上のことを踏まえた上で長年の経験によって出されるものです。

テレビで紹介される絵画鑑定などを見ていると必ず上記の
アンダーラインを引いたところの言葉が出てきますから注目してみてください。

要は絵画が商品ではなくあくまでも美術品であるというところが定形価格がないということなんです。
作品を何度か買ってみるとその辺がわかってきます。

購入してじっくり手元で作品を見直した時「これはいいものを手に入れた」と満足するか、「高い買い物をしてしまった」と後悔するか。
適正価格は購入後に見えてくるものだともいえます。


以上素人収集家のたわ言でした。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-05-11 19:24 | アートな日々 | Comments(2)

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悳 俊彦(ISAO TOSHIHIKO) 「武蔵野残照」30号 油彩
個人コレクション


「武蔵野が農耕によって作られた自然であることに特別の愛着を感じる。」
(悳 俊彦)

悳 俊彦が武蔵野に思いを込めて描いた稀少画が再び注目をあびている。

手前に畑と荒地、後方に屋敷守といわれる防風林がそびえ一軒の農家がひっそりとうづくまり、葉を落としたケヤキの大木が扇状の梢を空高く突き出している。


今やこうした武蔵野の面影は西東京と埼玉西部のごくごく一部に残るのみとなってしまった。現実の武蔵野風景のほとんどは消えてしまったのだ。


悳 俊彦の作品から我々は大地に暖められた祖先の愛を感じ自然のありがたさを遅まきながら確認しなければならない。
そして武蔵野原風景を一貫して描き続けた画家が自然の尊さを30数年前から世に警鐘していた事実を知らなければならない。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-05-06 18:14 | アートな日々 | Comments(6)

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東京国立近代美術館「生誕120年藤田嗣治展」には連日多くの入場者が訪れている。なんといっても世界レベルの日本人画家の作品が100点も展示されることはこの先ないかもしれないからだ。

私は初日に観覧し当然感動ものだったが作品のおよそ4分の1の所蔵が「平野政吉コレクション」または「(財)平野政吉美術館」だったことに違和感を覚えた。
藤田ほどの作品が特定の一個人の手にあったとは。

それから数日、平野政吉なる人物を調べる。完全に私の勉強不足だった。
昭和11年秋田の富豪・平野政吉の招きで藤田は秋田を訪れている。二人は実はその7年前の昭和4年に東京の展覧会で顔を合わせている。それ以来、平野は藤田作品の熱心な収集家になった。そして大作12点を買い上げたのをはじめ、秋田の四季を描く大壁画の製作を依頼、挙句は美術館まで造ってしまった。

すでにフランスで評価されていたあとのこと、藤田をこれだけ支援した人間は平野政吉ただひとりだ。
藤田にとって画家という職業を考えれば平野は大恩人である。
平野は美術館を「藤田美術館」と称する計画で、フランスに住む藤田を訪ねている。
しかし最終的に「平野政吉美術館」となった。生涯の友誼を結んだはずなのに藤田はその美術館を訪れていない。ふたりの間にいったい何があったのか。

昭和43年に藤田が平成元年に平野がこの世を去る。藤田と平野の互いの思いは、最近さまざまな文献で明らかになってきたが
藤田が描いた作品を平野が収集し、その作品群はまぎれもなく「生誕120年藤田嗣治展」を見事に飾っている。

最終的に何らかの確執があったにせよ後世は結果としての世界的遺品を評価している。


パリを魅了した異邦人 藤田嗣治
http://ficskokoro.blogzine.jp/nog/2006/03/post_bbe9.html
エコールドパリ 藤田嗣治
http://ficskokoro.blogzine.jp/nog/2006/03/post.html

by kokoro-tomnog2005 | 2006-04-20 23:14 | アートな日々 | Comments(4)

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藤田ほど栄光と挫折の間を行き来し起伏に富んだ生涯を送った日本人画家はいないといわれている。


日本画壇ではパリでの成功を妬まれ、日本に戻って戦争画を描けば戦争責任の批判をされた。
そして日本を去りフランスに戻った藤田は69歳でレオナール・フジタとしてフランスに帰化、最後の仕事としてランスの礼拝堂を完成させ、81歳の生涯を閉じた。

藤田は生前、「日本に生れて祖国に愛されず、フランスに帰化してもフランス人としての待遇も受けず、お寺を作るのは私の命の生根の試しをやってみるつもりだ」と語っている。

かつて40代の藤田は随筆で「私はフランスにどこまでも日本人として完成すべく努力をしたい。私は世界に日本人として生きたいと願う。それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうと思う」と記している。

生涯を通して日本人としてのアイデンティティーを求め続けた数少ない芸術家である。いや日本人である。
没後38年を経て、今や日本とフランスを代表する世界の画家としての高い評価を得ている。

初日28日にひととおり鑑賞したつもりだったが、藤田の人間としての魅力に後押しされもう一度ゆっくり見に行きたいと思う。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-30 23:25 | アートな日々 | Comments(1)

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パリ時代から晩年にいたるまでの代表作約100点が展示される。

藤田嗣治の全貌が見られる今世紀最大の
ビックイベントといってもいい!
これを見逃したら100点もの藤田作品を
再び見ることはできない。


東京国立近代美術館(地下鉄東西線・竹橋駅、徒歩3分)



会期 :2006年3月28日(火)~5月21日(日)

開館 :午前10時~午後5時、金曜日は午後8時まで。
休館 :月曜日(ただし、4月3日、5月1日は開館)


私は初日の明日行っちゃいます。

感想は後日興奮レポートとして記します。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-28 00:17 | アートな日々 | Comments(2)

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高野三三男(こうの・みさお)
1900年(明治33年)東京・深川生まれ
1922年 東京美術学校西洋画科入学
1924年 東京美術学校を中退し渡仏(~40年)藤田嗣治と親交を重ね、サロンドートンヌ出品
以後 二科会展二科賞受賞、二科会会友、現代日本美術展大衆賞受賞、日展評議員、日展参与、一水会運営委員を歴任
1979年(昭和54年)没(享年79歳)
パントル・モンダン(社交界の画家)としてパリで活躍。


パリで成功した唯一の画家・藤田嗣治の側近としてパリ画壇で活躍した高野は、「藤田から教えられたことは、もし必要なら、自分で工夫し、自分で見つけ出すこと、でなければ本当に自分の役には立たない、という忠言だけです。」と後に語っている。
そして後年、独自のプレパラッション(地肌づくり)を考案、自身の技法に基づく高野様式を完成させた。

職人と称し誇りをもって生きた画家の一人である。
高野の作品の多くは東京・目黒美術館に所蔵されている。

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1953年 デコちゃん(高峰秀子) F80号


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-23 22:02 | アートな日々 | Comments(2)

内田晃展に感動!

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重厚な西欧風景画に定評のある実力派洋画家・内田晃の記念展に行ってきた。
西欧風景画ばかりと思っていたが予想外の作品が何点かあった。
それは人間愛、平和を尊ぶ内田画伯の社会風刺作品数点だった。
さまざまなチラシが貼られた壁の中に戦争反対のちらしがある「壁」、
地球をゴミが汚染する「征服者」、骨肉の争いの「相続争い」、醜い「老いたるボス」など、
社会に対するいろいろな思いがあったのだろう。画伯の人柄を知る貴重な記念展となった。


平成16年4月に他界したが70年余りにわたる業績は素晴らしいものがあり数多くの作品を残した。
今般、ゆかりの埼玉県飯能市に遺族が作品を寄贈したのを機に7月9日から8月7日飯能市名栗庁舎ギャラリーにて「画業70年をたどる内田晃」と題して大作ばかり70点が公開された。
(同記念展リーフレット抜粋)   
<画歴>大正7年・埼玉生、元第一美術常任委員 元白日会員・審査委員 、
第一美術展最高賞連続受賞ほか多数、個展、外遊歴多数。
平成16年4月東村山市で没・85歳(美術年鑑から)

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記念展の展示室には現役当時のアトリエが再現されていた。

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全国各地で行われた画伯の個展の数々。画業70年「絵を描く職人であることにこだわりを持ち続けたという」


by kokoro-tomnog2005 | 2005-08-06 00:00 | アートな日々 | Comments(0)

続・武蔵野の情景

「早春武蔵野」 F60号 悳 俊彦(T.ISAO)

武蔵野といえば関東きっての台地で、多摩川流域にあって、古代原生林の名残りをいまにとどめる稀少の景勝地でもある。樹齢数百年の欅や樫の大木が静かに暮れる平野に高くそびえる風景は、文字通り天然の“絵画美”として特に小説家・詩人・芸術家たちの目を楽しませ、多くの秀れた作品の題材として重宝がられたようだ。そこには日本独特の静寂の中に秘められた“わび・さび”の情趣が実存している。この素晴らしい好題材も高度経済成長により新しい社会づくりを理想と考える人たちの手によってその姿は無残に破壊され・・・・・・・・・・・・(略) 
悳 俊彦(いさお・としひこ)が「武蔵野の四季」を描き続けるようになった動機は、一人の画家としての現代社会に対する義憤から発したものである。(悳 俊彦画集、評・中井慎吾)



手に入れたい作品のひとつだが60号という大作で号評価からすればとても叶わぬ夢である。
郷愁感がさらに募り、この作品がどこにあるのか一目会ってみたい。


by kokoro-tomnog2005 | 2005-07-31 01:56 | アートな日々 | Comments(0)

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