国宝級歌手 東海林太郎

c0340785_15260400.jpg
昭和8年から昭和46年までの38年間、国民的歌手として活躍した
東海林太郎をご存知だろうか。
おそらく50歳未満の方には古すぎて知る機会もなかったであろう。
年代からすれば70歳以上の方なら誰でも知る国宝級歌手なのである。

元々はクラシック歌手を志していたのだが、当時はそれで生活が成り立つはずもなく幾多のレコード会社を経た後、ヒット曲「赤木の子守唄」で世に出る。

独特の髪型にロイドめがねで燕尾服を着て直立不動で口を大きくあけて歌う。私は小学生の頃(昭和30~40年代)、テレビ東京の懐かしのメロディでその歌う姿を何度も見て子供心にいい歌手だなあと感じていた。
日本歌手協会の初代会長をつとめ、歌手として数々の賞を受賞。
国民的と評価され、国から文化勲章も受けている。

東海林太郎は生前「私にとって赤城の子守唄もシューベルトやベートベンの歌曲も歌う心構えには、いささかの区別もありません」と語っている。

昭和47年10月、73歳でこの世を去るまでレコードの吹き込みは
2000曲におよぶという。
今の演歌の原型は東海林太郎の歌謡が基をなしているとも言われている。

私はカラオケに行くと必ず東海林太郎の「国境の町」「すみだ川」
「野崎小唄」を歌う。
知人たちは一様に驚き「古い歌よく知ってますねぇ」と目を丸くする。
そうは言われても子供の頃から好きなんだからしょうがない!


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-31 20:42 | 音楽三昧 | Comments(5)

c0340785_15260338.jpg
藤田ほど栄光と挫折の間を行き来し起伏に富んだ生涯を送った日本人画家はいないといわれている。


日本画壇ではパリでの成功を妬まれ、日本に戻って戦争画を描けば戦争責任の批判をされた。
そして日本を去りフランスに戻った藤田は69歳でレオナール・フジタとしてフランスに帰化、最後の仕事としてランスの礼拝堂を完成させ、81歳の生涯を閉じた。

藤田は生前、「日本に生れて祖国に愛されず、フランスに帰化してもフランス人としての待遇も受けず、お寺を作るのは私の命の生根の試しをやってみるつもりだ」と語っている。

かつて40代の藤田は随筆で「私はフランスにどこまでも日本人として完成すべく努力をしたい。私は世界に日本人として生きたいと願う。それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうと思う」と記している。

生涯を通して日本人としてのアイデンティティーを求め続けた数少ない芸術家である。いや日本人である。
没後38年を経て、今や日本とフランスを代表する世界の画家としての高い評価を得ている。

初日28日にひととおり鑑賞したつもりだったが、藤田の人間としての魅力に後押しされもう一度ゆっくり見に行きたいと思う。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-30 23:25 | アートな日々 | Comments(1)

子どもの躾け

c0340785_15260355.jpg
午前中、電車で移動中の出来事。
私は小学生4人が座るシルバーシートの前に乗り込んだ。
平日に小学生が・・・ああそうか春休みかと感じるやいなや、その小学生たちはイカレタ兄ちゃんのように大股開きで傍若無人に騒ぎはじめた。
大股開きの小学生の靴が私や隣のサラリーマンのズボンに何度も接触した。
しばらく放置しておいたが騒ぎはさらにエスカレートするばかり。

周囲にいる大人たちは眉をひそめているものの知らぬ顔だ。
さて、お節介なおじさんとしては見過ごすわけにはいかない。

私:「君たちは何年生かな?」
少年A:「5年だよ」
私:「ああそう、じゃあこの席の意味わかるよね。」
少年B:「誰かいるんですか」
私:「・・・・・・・・・・・」 (返す言葉に子どもらしさを感じず愕然とする)
私:「そうじゃなくて、空いている時は座ってもいいんだよ。だけど特別な席だし、もう少し周りを気にして静かにしなきゃダメだよ。それと大股広げてみっともないぞ。」
少年A、B、C、D「・・・・・・・・・・・・・・・・」

それから3駅ほど通過して、少年たちはきまりが悪かったのか居心地が悪くなったのか、やおら立ち上がって後方車両に移動していった。うるせぇオヤジだと思ったのだろう、私を指差してひそひそ話していた。

ポッカリ空いた4人席は、驚くことにすぐうまった。
少年たちよりもさらに大股開きで茶髪の兄ちゃんが座る。サンタクロースのようなブーツを履いた姉ちゃんは携帯メールをやりながら座る。唖然とする中、あきれた光景が目の前に広がる。
まさか20代前半であろうこの若者たちを説教するわけにもいかない。
よく見ると大人になりきれていない未完成な顔をしていた。

どんな家庭教育がなされているのだろうか。
子どもの躾けをどう考えているのだろうか、自由とかのびのびとかいうことと考え違いしているのか。
事の良し悪しの基本について親子で十分な会話がなされていないことは明らかだ。

情けない光景を目のあたりにして心なしか沈んだ一日となった。


別館ブログ「トムノグおじさん飲食日記」
http://ficskokoro.blogzine.jp/2nog/


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-29 19:29 | お~い ニッポン | Comments(2)

c0340785_15260314.jpg










3/28竹橋から見た桜 (背景:皇居東御苑) 
4月上旬が見ごろという。

私は桜を見ると子供のころTVで見た木下恵介ドラマ「記念樹」(昭和41年・全46話)を想い出します。
養護施設の園児と保母の心の交流を描いたドラマでした。
植樹した1本の桜の木と共に子供たちが成長していく姿は周囲の大人の愛情に守られていました。
保母役は馬渕晴子、子役に田村正和、東京ぼん太、石立鉄男、関口宏、吉行和子、仲宗根美樹、吉田日出子、原田芳雄、山口崇など今思えばそうそうたる顔ぶれでした。

小坂一也が歌った主題曲「記念樹」
さわりしか覚えていませんが、今でも耳に焼き付いています。
♪「桜の花が大きく育つ頃、僕らはみんな大人になるんだ・・・・・」♪

新たな出発をする人、一線を退いていく人
桜の花は愛情を込めて微笑んでいます。


別館ブログ「トムノグおじさん飲食日記」
http://ficskokoro.blogzine.jp/2nog/


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-29 08:45 | つかのまウォッチング | Comments(0)

c0340785_15260323.jpg

パリ時代から晩年にいたるまでの代表作約100点が展示される。

藤田嗣治の全貌が見られる今世紀最大の
ビックイベントといってもいい!
これを見逃したら100点もの藤田作品を
再び見ることはできない。


東京国立近代美術館(地下鉄東西線・竹橋駅、徒歩3分)



会期 :2006年3月28日(火)~5月21日(日)

開館 :午前10時~午後5時、金曜日は午後8時まで。
休館 :月曜日(ただし、4月3日、5月1日は開館)


私は初日の明日行っちゃいます。

感想は後日興奮レポートとして記します。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-28 00:17 | アートな日々 | Comments(2)

c0340785_15260226.jpg
作詩 石本美由紀  作曲 船村 徹
昭和32年 歌 青木 光一

春には 柿の花が咲き
秋には 柿の実が熟れる
柿の木坂は 駅まで三里
思い出すなあァ ふる里のョ
乗り合いバスの 悲しい別れ


東京目黒の柿の木坂は現在は真っすぐでなだらかだが、かつては、西側へ大きく湾曲した急坂で、神田や京橋の市場へ野菜を出荷するため、この坂を通らなければならない労働者にとって道中屈指の難所であったという。
c0340785_15260235.jpeg

その名の通り坂道の両側は柿の木であったことから「柿抜け坂」「駈抜け坂」と呼ばれたことが地名の由来と言われている。

「柿の木坂」は地方から出てきた人たちが仕事でこの坂を駈抜けるたびに古里の別れた家族や友人たちを思う哀愁の歌なのである。
現代は新幹線や飛行機で容易に全国移動できるが当時の交通手段は列車のみかつ経済的にもゆるされず、古里に帰れる状況になかった。
だから柿の木ひとつが人の心を大きく揺り動かした。
貧困だったかもしれないが現代人が遠く及ばないほど当時の人の心は優しかったのである。



by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-27 22:57 | お~い ニッポン | Comments(2)

これであなたもブログ通

c0340785_15260208.gif



明日26日(日)夜7:30~9:30BS2で放映される番組に
私のブログで“おすすめブログ”としてリンクしている
「アイビーおじさんのアイビー的生活http://blog.life.under.jp/  」が
一部紹介されます。



「第二の人生を、いかに有意義に楽しく生きるか晩年の美意識について追い求めていく」という趣旨で展開されているブログです。
信濃の自然、イラスト、お孫さんのこと、花とIVYおじさん、男子厨房に入るべし、アイビー的生活などのカテゴリーから日々のコラムが
センス良く記されています。



明日の放映が楽しみです。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-25 14:31 | コーヒーブレイク | Comments(4)

男の着物

c0340785_15260273.jpeg
なんてお洒落なんだろう!
男にも着物という素晴らしいものがあったのです。

仕事着のスーツは半ばユニフォーム化し
休日のカジュアルな服装は○○系の軽装で
まるで洒落っ気がありません。

お洒落とは綺麗に身を飾ること、気の利いた身なりをすることをいうのです。着物こそぴったりなお洒落着ですね。
たまの休日にはぜひ着てみたいと思います。


別館ブログ「トムノグおじさん飲食日記」
http://ficskokoro.blogzine.jp/2nog/




by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-25 11:52 | トラッド万歳! | Comments(2)

c0340785_15260245.jpg
高野三三男(こうの・みさお)
1900年(明治33年)東京・深川生まれ
1922年 東京美術学校西洋画科入学
1924年 東京美術学校を中退し渡仏(~40年)藤田嗣治と親交を重ね、サロンドートンヌ出品
以後 二科会展二科賞受賞、二科会会友、現代日本美術展大衆賞受賞、日展評議員、日展参与、一水会運営委員を歴任
1979年(昭和54年)没(享年79歳)
パントル・モンダン(社交界の画家)としてパリで活躍。


パリで成功した唯一の画家・藤田嗣治の側近としてパリ画壇で活躍した高野は、「藤田から教えられたことは、もし必要なら、自分で工夫し、自分で見つけ出すこと、でなければ本当に自分の役には立たない、という忠言だけです。」と後に語っている。
そして後年、独自のプレパラッション(地肌づくり)を考案、自身の技法に基づく高野様式を完成させた。

職人と称し誇りをもって生きた画家の一人である。
高野の作品の多くは東京・目黒美術館に所蔵されている。

c0340785_15260277.jpg
1953年 デコちゃん(高峰秀子) F80号


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-23 22:02 | アートな日々 | Comments(2)

3月22日(水)午前8:00~3月23日(木)正午まで(約28時間)OCNにてメンテナンス工事が実施されブログ機能が停止されていました。
閲覧のみ可能で新規記事のアップはできませんでした。またコメントおよびTBも停止時間中は反映されなかった模様です。
せっかく訪問いただいた皆様には申し訳なく思っています。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-03-23 16:55

日々のことをお気軽に綴っています。(トムノグ)