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デジタル化に嫌気

「デジタル技術やデータをもとに新しい価値を創造する」
とのうたい文句に企業や行政がデジタル化をさらに推進する。

利便性や利益を追求することは否定しない。
しかし個人としてはもういい。
アナログがどれほど大事かわかっている。
日常生活、仕事、文化の詳細分野までデジタルが推進されたら味も素気もない。
人の心までデジタル化されたらたまらない。

もういい。
十分便利な社会だ。
(あくまで個人の感想です。)






# by kokoro-tomnog2005 | 2021-09-21 14:08 | お~い ニッポン | Comments(0)

傷だらけの絵画

傷だらけの絵画_c0340785_14570513.jpg

絵の具は褪せて剥離して元画が想像できない。

いつ頃だったかリサイクルショップで偶然眼にした。
傷だらけでおよそ購入する人はいないと感じた。
2か月ほどして再度訪問したところ、同じ場所に同じように悲しく置かれていた。
よく見ればK.Onitukaとある。調べたところ年鑑にも掲載されている鬼塚金華という画家だった。
題名「西伊豆風景・安良里」F4号、よく知る風景。
重ね塗りの筆致はあまり好みではないが通り過ぎるには作品が可哀そうな気がして僅かな金額で買い求めた。
自宅に持ち帰り、あらためて見るとどうにも鑑賞するに遠く絵画と評せない。
遊び半分で素人修復してみようかと思ったができるはずもない。

そもそも鬼塚金華を知らない。
興味本位で資料を探したところ、立派な図録を発見した。
中川一政や倉田三郎と交友があり春陽会の中堅として活躍した画家であることがわかった。

鬼塚金華(おにつか きんか)1897-1985 春陽会会員 
師:森田恒友
交友に中川一政、倉田三郎、遠藤典太 等

ここまでわかってこの作品をこのままにするのも忍びないと思ったがここ何年も放置してしまった。
最近あらためてどうしようか迷っている。
知人の絵画修復士さんに相談しようか。
 

コレクターの間では「修復するに値する作品か」というのが判断基準らしい。
図録に掲載された作品なら原状回復して残したいとも思う。
例え公開する機会がなくとも傷は癒してあげたい。

そんな訳で傷だらけの作品ほど愛おしいものはないと思える今日日である。
だから本音は、なんとかしたい。

こちらは図録から元画

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# by kokoro-tomnog2005 | 2021-09-10 15:04 | アートな日々 | Comments(0)


鶴田吾郎の淡彩「練習中のオーケストラ」_c0340785_13343042.png

「練習中のオーケストラ」 淡彩・紙 35×53.5cm  制作年:1955年 (個人蔵)

1979年1月4日~1月17日 新宿小田急11Fグランドギャラリーで開催された「キャンバスの詩人・鶴田吾郎展」の出品作である。(同展図録NO.111に掲載されている。)
その後、縁あって2015年に銀座の某ギャラリーのオークションで落札した。

鶴田は、1958年に初来日した「レニングラード交響楽団(指揮ザンデルリンク)」をスケッチしコンテ・パステル画148×365.5㎝の大作を制作発表した。(先の図録NO.112に掲載)
同楽団は1958年、新宿コマ劇場で演奏会を開催。
私蔵の作品は1955年制作とあるが鶴田の年譜から同年およびそれ以前に楽団をスケッチしたような機会および記録はなく、制作年は1958年で同楽団の練習風景であろうと推測する。(図録の誤記か)
同年、アジア大会本番や練習風景などもスケッチしているので同様な経緯と思う。

素朴な人物描写が鶴田の特徴であり、楽団の本番の厳かで絢爛な様子とは裏腹な地味な練習風景の様子を巧く描いている。これほどの作品が市場を彷徨ったのは悲しい。
鶴田の作品は全国の美術館に収蔵されており、人物風景の一連として公開できればどこかに収めたい。
新宿の中村屋サロンにも収蔵品があり興味がある。


# by kokoro-tomnog2005 | 2021-09-08 14:36 | アートな日々 | Comments(0)

COVID-19の収束は

感染拡大から1年半、収束の見込みが立たない。
現状は有効な感染対策がないように思う。

国をあげて予防、検査、治療どれも明確に取り組んでいるとは思えない。
この間、経済的支援措置やオリンピックなど予防に相反することは強行された。
結果、人流を促進し1年前より状況は悪くなっている。

ワクチンは万能といえず次から次へと形を変えるウイルスに追いつかない。
治療薬は少しづつ前進しているが感染したら万全かというとそうでもない。

COVID-19は手強いのだ。

我々大衆は専門知識もなくやれることといえば自粛生活をすることぐらいしかない。
確かに高齢者の自粛は浸透しているので高齢者の感染率は低くなっている。

しかし個人的な予防しか手立てがないとしたら現状はお寒い限りだ。
収束の見込みは世界各国の状況によるが我が国は追従するしかないのも事実。

日常生活で一筋の光は子供たちだ。
この子たちが笑顔で遊びまわれる空間を早く実現したい。
ならば大人が本気で立ち向かわなければならない現状なのに
国はいったい何をやっているのだ。

感染したら自宅療養が原則とは見捨てた政策としか思えない。




# by kokoro-tomnog2005 | 2021-08-17 10:21 | お~い ニッポン | Comments(0)

今井ロヂンを思う

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             「バラ」 油彩 F8 1978年制作 個人蔵

本名 今井満州彦(いまい・ますひこ)
ロヂンという名はもとは漢字で艪人と書きます。艪は船で人を導くという意味で、つまり日本をリードする画家にと二科に入る前に後援者がつけてくれたものです。当用漢字に艪という字がなくなったのでロヂンと致しました。(今井ロヂン作品集・1998年より)

この「バラ」はロヂンのバラシリーズで1970年代に描かれたうちのひとつである。
ロヂンの絵は繊細で優美な線と白とパステル色でわかりやすく描かれ人気を博した。
かねてより探していたこのバラは5年ほど前に東京駒込の美術商から入手した。
小さな我が家の白い壁に映えて美しい、これぞ絵画と満足している。

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今井ロヂンのことは2019年4月25日にこのブログで紹介記事を書きました。
https://kokorotomn.exblog.jp/30243431/

藤田嗣治との関係はさわりをその記事に記しましたが明確な資料は見当たらず不明でした。
しかしその後、業界美術誌などを通して次の資料を発見しました。

今井ロヂンを思う_c0340785_10580392.jpg

師弟関係が詳細に書かれており、藤田にとって今井ロヂンは弟子でありながら最大の恩人であった。
その証として1946年に藤田は今井ロヂンの肖像を描いている。

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            「今井ロヂン像」 油彩画 F8 1946年制作 藤田嗣治


藤田60歳、今井ロヂン36歳の初夏から5年余り、物心両面にわたりロヂンは藤田に尽くした。
肖像画の一枚は当たり前の話だと感じる。
藤田はもっとロヂンに感謝せねばならないのだ。
なぜなら1963年のある出来事があるから・・・

私は画家としても人としても今井ロヂンを尊敬している。






# by kokoro-tomnog2005 | 2021-06-14 11:29 | アートな日々 | Comments(0)

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