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カテゴリ:アートな日々( 145 )

今井ロヂンという画家

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今井ロヂン(1909-1994) 「静物(時計、メトローム)」油彩 1956年制作

1941年、藤田嗣治に師事
戦争画を描いたことで国内美術界から大パッシングを受けた藤田を1948年頃から物心両面において支えたのが今井ロヂンだ。
1949年3月に日本の地に永遠の別れを告げた藤田の傷心は相当なものであったが、並々ならぬ今井の支えがあったからこそフランスに渡った後、藤田は再起できたと考える。

そんな今井は、練馬アトリエ村で画家としての生涯を過ごす。1955年、ジャパンタイムズの記者、エリセ・グリリ女史に賞賛され一躍高い評価を得ることに。その後の活躍は記すまでもないがフォトの静物画、藤田の影響を筆致に感じる見事な作品の数々を残した。
今井の功績は多くの文献に記されたが、藤田との関係については明確な資料が見当たらない。
今井にとっての藤田は人生のすべてであり、藤田にとっての今井は弟子でありながら最大の恩人であった。



by kokoro-tomnog2005 | 2019-04-25 18:15 | アートな日々 | Comments(0)

K・UYEHARA 新発見か!

日本画家・上原古年(うえはら・こねん)は、明治10年東京浅草に生れる。
本名は上原千之助、画号を古年、政明。
梶田半古、松本楓湖に師事し日本画を学んだ。岡倉天心に招かれて日本美術院に勤務。
日本絵画協会・日本美術院連合絵画共進会などに作品を出品。
宮内庁や外務省の用命を受け作品を制作、後に紅児会会員、国画玉成会幹事などを務めた。
日本画、新版画で活躍。昭和15年没。

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「富士と帆船」

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「波濤図」

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「雨犬山城」

このように穏やかな精緻な作風で筆致に強さ堅さを感じる。

さてこれはどうだろうか。

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油彩画であるが日本画風、サインはK.UYEHARAとある。
4年前にとある美術商から入手した。作者不詳だったので格安だった。
制作は1915年(大正4年)、額縁は創業明治12年の神田神保町「渡邊賞観堂」のもの。

もしや上原古年が描いたものだとすれば40歳頃のもの。
画風からすれば古年がこのような油彩画を描いても不思議ではない。
私はもうこれは上原古年の作品だと確信している。
上原が油彩画を制作したとの文献は見つかっていないが。

知り合いの絵画コレクターの大先輩S氏は、「日本画を学んだ人物の作品で上原古年の可能性を感じる」と評してくださった。だとすればこれは新発見! さらに調査価値あるおもしろい作品と思われるが。


                 
by kokoro-tomnog2005 | 2019-02-28 15:26 | アートな日々 | Comments(0)

相原求一朗展へ


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かねてより注目していた画家・相原求一朗(1918-1999)の生誕100年を記念する企画展に行ってきました。
前期(第1部)も圧倒されましたが、後期(第2部)は晩年の作品が多数あって画家の奥底をさらに垣間見れました。

戦時中、満州へ派兵されていた相原は極寒の地で厳しい体験を重ねてきたという。
満州風景は広大で荒涼、その原風景は相原の脳裏に一生張り付き、帰還後に北海道の地に原風景を重ね合わせる。
1960年代から描いた北の大地は稀にみる大作品群となるのであった。

展示されていなかったが私の気に入った作品。

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「朔風の木」 油彩 F30号 1995年作

晩年の作品は日本画を思わせる筆致で優しい。
同行した美術愛好家U氏曰く「この画家は、風景に対峙することなく、その風景に入りこんでいる」と。
なかなか作品を観越した言だ。
そんな点にも魅かれるのかもしれない。

相原はデッサン力あり、精緻で色合いのセンスが抜群だ。
子供の頃よりその才を発揮していたようだ。

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これは相原が小学5年生の時に描いた水彩画だ。
「醸造会社と田園の風景」 29.6×19cm
天賦の才としか言い様がない。

相原はその人格も生き様も立派だったようだ。
我が生き方の粗さに眼から鱗の観賞日であった。


 


by kokoro-tomnog2005 | 2019-02-13 11:17 | アートな日々 | Comments(0)

かるたの描画

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これは「青梅かるた」です。
次代を担う子供たちに学校や家庭の場を通して自分たちの住んでいる町を知ってもらうことを目的に1984年(昭和59年)に青梅青年会議所が作成発行しました。歴史ある青梅を48枚の札にわかりやすく収めました。

そしてなによりかるたの画は私が支持する「松下紀久雄」によって描かれました。

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これは48枚の札のうちの9枚です。
どれも温かみを感じる人々の姿とよき故郷・青梅の背景が特徴的です。
昭和59年に青梅の小学6年生だった人たちは46歳になっています。

松下紀久雄のむかし絵は、老若男女問わず懐かしみと共に心を濡らす効能があります。
この貴重な「かるた」は、神田古書街で宝物を発見するように見つけました。





by kokoro-tomnog2005 | 2018-11-04 15:14 | アートな日々 | Comments(0)

吉田博展を愉しむ

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半端なく細密な版画作品の数々、これほどの技量とこだわりを持った作家はまず見あたらない。
まさか近くの狭山市立博物館で開催されているとは知らなかった。

偶然、ネット検索で見つけはせ参じた。
木版画19点、水彩画1点、油彩画9点、中には初公開の作品もあって興奮した。

作品は、狭山市在住で孫にあたる吉田興文氏の所蔵品。
どれもきれいで状態が良く100年近くの時を経ているとは思えない。
どれだけの数の色を重ねたのかもう驚くしかない。水彩や油彩とかわらぬ質感だ。

加えて吉田博の夫人・ふじをの水彩画2点、興文氏の水彩画15点も展示されていた。
一族で才能溢れる証を垣間見て生活環境と家族の刺激が才能を創り上げるものだと再認した。

吉田博といえば普段は大きな美術館でしか観る機会がないが、これほど身近な場所で観られたことに幸運を感じる。11月25日まで開催されているので首都圏にお住まいの方は気軽に出向けるのではないかな。
しかも入場料は、一般150円だ。(高大生100円、中学生以下は無料)

敷地隣の稲荷山公園も見逃せない。
本日はあいにくの小雨模様だったが、小学生の団体が遠足?で楽しんでいた。


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by kokoro-tomnog2005 | 2018-10-04 16:43 | アートな日々 | Comments(0)

フランスカンヌの香りを運んだ画家、山下充

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山下 充 (1926年生) 「公園」 ガッシュ・パステル、紙  
推定1950~60年代制作

山下 充は、野口弥太郎に師事。
1950年代から日動画廊の後押しで多くの個展を開催。
64年にパリ・カンヌに住み2002年の帰国まで現地で制作活動を続けた。
パリカンヌの香りを日本へ運んだ唯一の画家だ。

池袋モンパルナスの画家100選にも入っていてそれなりの気骨の人と思う。
帰国後は、郷里の静岡県・日本平で制作活動をしながら余生を過ごしていると聞いている。

最近この作品を入手したが、その後の山下が気になった。
健在なら92歳。






by kokoro-tomnog2005 | 2018-09-05 14:53 | アートな日々 | Comments(0)

画家・松下紀久雄が残したかったもの

画家・松下紀久雄の顕彰は順調に進み沢山の作品と文献と生き証人の方々に出合えました。
その結果、この画家は一貫して「心が濡れている」、いわば情に厚い人柄であることがわかりました。
それは作品に表れています。
職業絵図はもちろん、庶民の生活風景などに端的に描かれています。

今日は、そのような作品の中から3点を紹介します。
(作品説明文の一部は「日本むかし絵」から引用しました。)

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「味噌造り」 
江戸時代は上は将軍から下は庶民に及ぶまで食事に味噌汁は欠かせないものとされ、その風習が今に続き、日本人にとって食生活になくてはならないものとなりました。そんな貴重な「味噌造り」を職業絵図として残したのです。
味噌は知っていても製造している現場を知らない多くの人にこの絵図を通して貴重な味噌を再認識して欲しいという願いもこめられています。

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「駄菓子屋」
かつては子供たちの交流の場として最高に楽しい処でありました。
駄菓子という名称は高級菓子に対する下等菓子の意で江戸時代には単価が一文であったので一文菓子と呼ばれていました。駄菓子屋は古く、庶民的裏町に多く小さな店を出し子供たちの憩いの場、教育の場でありました。
戦後、駄菓子屋のほとんどは姿を消し、子供たちにとって天国の場がなくなりました。
松下は子供たちの憩いの場がなくなることにある種の危機感を持っていたのではないかと思います。

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「蔵町の雨」
これは川越の蔵町です。川越の織物は江戸時代から産地として有名でした。城下町の婦女子は、手内職にはげんだといいます。その雨の蔵町に着物姿の女性がとても似合うと松下は言いました。
庶民の町生活をこんな粋な絵図にして表現した松下こそ粋な画家といえるでしょう。


今日は、この3点の紹介のみですが、いやいや他にも魅力的な情の厚い作品が沢山あります。
松下の作品は後世に残す価値があります。
若い人たちが観る事で歴史を学んでどう生きるべきかを考える良き教材です。
どこの美術館や博物館にいってもこのような作品群に出合えません。
絵画は単に綺麗であればいいとか、高名作家のものなら右へならえでいいとか、そういうものであってはならないと信じます。観る側が何かを感じ、何かを学ぶ、そのような視点が見出せる作品に意味があると思うのです。

参考文献:「日本むかし絵」((有)むかし絵会 ・1999年 )



by kokoro-tomnog2005 | 2018-07-12 21:50 | アートな日々 | Comments(1)

絵を描くことで学ぶこと

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8歳の孫娘が以前購入した木版画を模写してくれた。
模写といっても子供なりのオリジナル。
そっくりではない。
構図も被写体も気にしていない。
孫娘に「描くのに一番気にしたことは何」とたずねたら、「色」と答えた。




by kokoro-tomnog2005 | 2018-07-10 11:05 | アートな日々 | Comments(0)

画家・松下紀久雄を顕彰する

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「醤油造り図」 10号 紙本・墨彩  画集心のふる里 P39 から


醤油造り図が別にあった。画集に掲載されている上図は、先に私が収集したものと違う。
全体の構成は同じだが人物や樽などが微妙に違う。
落款もわずかな違いが見える。
かといって私が所有する作品が贋作ということではない。
共シールや額装は、むかし絵美術館に展示のものと同じだ。
画集によれば作品名が同じで構図が違うものはいくつもある。

確証を得るため、川越の松下紀久雄むかし絵美術館に出かける準備をするため笛木醤油店に電話をした。
信じられない言葉が返ってきた。
最近、閉鎖したという。
作品もすでにないというではないか。

顕彰の道も閉ざされてしまうのか。
ショックで言葉もでない。

しかし松下の著書や画集数冊を丹念に読んでいくと手がかりもつかめてきた。
文献は、1990年代でその記録は終わっているが相当あった作品すべてが消えてしまうはずがない。
遡ること1987年、奥多摩に初期のむかし絵美術館を開館、アトリエも別にあった。
近辺の菓子店や酒店などに各々の所有作品が現存することも判明した。
奥多摩は、仕事の関係で定期的に訪れるので馴染みがある。

顕彰のヒントは、奥多摩の地にあることはまちがいない。
かすかな光りと共に松下紀久雄の功績が見えてきた。
この作家の功績を絶対消してはいけない。
私の執念の顕彰作業が始まった。

続く





by kokoro-tomnog2005 | 2018-05-09 15:21 | アートな日々 | Comments(0)

むかし絵 松下紀久雄

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「醤油造り図」 墨、彩色・紙 F10号 松下紀久雄 (個人蔵)

松下紀久雄の「むかし絵」は、日本人に馴染みやすい墨絵という表現で、主として江戸から明治に視点を向け、庶民生活を中心に描かれた。
本画は、職人絵のひとつで醤油醸造所の様子が細かく描写されている。
原画の一枚として入手できた幸運に感謝したい。

松下紀久雄・むかし絵美術館は奥多摩にあったが、今は川越市の笛木醤油川越店の2階に40点余りが所蔵展示されている。(川越市幸町10-5)
まだ訪れていないが、醤油店の美術館に本画と類似の作品があるのか興味深々である。

松下のむかし絵作品は、相当数あるようだが市場にはなかなか出てこない。
これを機に顕彰したいと思うがとりあえず図録から概要を知りたい。


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松下紀久雄/略歴
画家、漫画家、作家 太平洋画塾卒、現代水墨画協会顧問、双樹会参与
1918年生 父は俳画家、兄は作家(佐賀潜)1952年朝日新聞に「東京むかしむかし」を連載、イラストを担当。1980年「松下紀久雄墨彩むかし絵展」開催、以後展覧会60数回、1987年東京・奥多摩に「松下紀久雄むかし絵」美術館が開館。著書は「日本むかしむかし」「墨彩むかし絵」など多数。
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by kokoro-tomnog2005 | 2018-05-06 15:08 | アートな日々 | Comments(0)

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