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原風景

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向井潤吉 
「春雪のあと」1969(上) 
「武蔵野春雪」1971(下) 
埼玉県坂戸市花影町


フォトは私が子供の頃、ふるさとにあった古民家である。

作者は民家画家第一人者だった向井潤吉で都内から30数分のこの地の古き良き風景を描き残してくれた。


しかしもう古民家自体跡形もなく、民家の前の桑畑も消えた。

今では辺りに拡がるコンクリートの漂いのみ、人の心を揺さぶることはない。


子供の時に印象に残った風景を「原風景」というが、私にとっての古民家はまさにその原風景である。

一度破壊したら再び元に戻すことはできない。日本を象徴するさまざまな自然物、建物、文化などの保護継承を本気で自覚しなければ国はやがて滅びていく。

偉大なる画家・向井潤吉の画集を見ながら、あらためて事の重大さを考えた。


by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-12 17:00 | アートな日々 | Comments(0)

端唄教室7ヶ月目

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11月10日(金)、端唄教室7ヶ月目・稽古13回目

ついに教本3冊が揃いました。
初歩の6ヶ月間は、第1集を繰り返し繰り返し習ってきました。
先生から2集・3集もやってみましょうとお許しがでました。

2集・3集は私が覚えたい端唄、俗曲が多数あります。
いよいよ少し先が見えてきた思いです。
本日は「東雲節」と「三階節」を先輩達の前で独唱しました。三味線は譜面を見ないで「お江戸日本橋」を弾くことができました。
半年前では考えられない世界へ入り込んだのです。

ほとんどの方にとって非日常な「端唄の世界」、私のこの半年間は日本の伝統文化・歴史を再発見し、この先の生き方までも変える大きな転換の時間になりました。

チン トン シャン ♪



別館ブログ「トムノグおじさんの飲食日記」
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by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-10 23:55 | 端唄教室 | Comments(6)

チャリィ その後

チャリィ その後_c0340785_15263545.jpg
月曜日は嘔吐下痢症で重症だったチャリィ。
かかりつけの先生のおかげで火曜日には症状が改善しました。
しかし、元気がなく、家族が近づこうとすると逃げ回り、触ろうとすると嫌がり、チャリィの丘と呼んでいる好きなソファーにも登らず、チャリィ特別ルームのゲージにも入りたがりませんでした。



今朝、細君が散歩に連れて行った際、いつもならヒョィヒョィと駆け上がる階段の前で立ち止まってしまいます。
これは骨折しているのではないか、あるいは内臓が損傷しているのではないかと心配になりました。



大変深刻な状況なので病院へ細君が連れていきました。
診断の結果  じゃ~ん 「神経痛」と判明しました。



先生曰く、「本人相当痛いんだよ。だから元気がないんだ。触られたりすると痛いから、放っといてくれって気持ちで逃げ回るんだよ。」



なるほどそうでしたか。
犬にも神経痛があったなんて、飼主も夫婦で50肩だから
「チャリィ一緒だね」と言ってなぐさめました。





急に寒くなった11月、チャリィにとって散々な1週間になっちゃった。
       (フォト:かなりイジケテいます。)




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by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-09 11:23 | 愛犬チャリィ | Comments(2)

チャリィ ダウン

チャリィ ダウン_c0340785_15263543.jpg
チャリィが今朝から様子がおかしい。
昼から本格的にダウン。
嘔吐と下痢がひどい。
ご覧の顔、かなり調子悪い。


昨日、ずっと一緒だったのは誰だということになった。
うぇ~ ずっーと一緒だったのはトムノグだ。
いっせいに家族の視線がトムノグに注がれる。
「何かしたでしょう?」という疑惑の目だ。

それはともかくとしてこのままチャリィを放置するわけにいかず、細君と二女がかかり付けの獣医さんの所へ。
獣医さんは、「この時期に消化不良を起こすワンコは結構多いんだよ。」と言って注射を2本打ってくれた。

帰宅し、ぐったりしているチャリィを見ながら昨日の行動を探っていく。

朝、散歩で近くの公園へ、普段立ち入らない運動場の芝生へ、確かそこでチャリィは何かをなめた
帰ってきて、いつもの薄めたミルクのシングルを飲む。これ問題ないと思う。
続いていつものドライフードに、いい子なので細君がチャリィ用に作ったササミを少々混ぜる

昼間はトムノグとTVを見たり、昼寝をしたり、タオル遊びをしたり、チャリィはとっても充実。

夕方、軽めの散歩へ、えばりん坊のチャリィは出合う犬・猫、おじさん、大型トラックに必ず吠えるが、この日は一度も吠えずいい子で帰宅する。
帰ってきて、いつもの薄めたミルクのシングルを飲む。これ問題ないと思う。

夕食時、いつものドライフードに、いい子なので細君がチャリィ用に作ったササミをちょっと多めに混ぜる
うれしそうにバクバク食べる。

それから一昨日の連休初日、トムノグの布団で一緒に寝た。
今日は連休最終日なので心を鬼にしてゲージへ。チャリィはとても嫌がった。

昨日の心あたりはこんなとこ。
体調を崩してしまう原因は見当たらないと思うけどねぇ 少々自信がない。

犬の健康百科事典によれば嘔吐下痢症は、
散歩の途中での拾い食い、胃内異物、胃腸疾患(食いすぎってやつ?)、感染症、自律神経失調症(休日楽しかったギャップ)などが原因といわれる。
どれも心あたりありませんねぇ・・・・・・・

今、チャリィは注射が効いたらしくゲージで静かに寝ています。
明日はきっと元気になっている、大丈夫。

一方、トムノグは静かに反省、心あたり多し。 





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by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-06 21:16 | 愛犬チャリィ | Comments(6)

こんな父親がいたのか!

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昨晩放映のフジTVドキュメント「泣きながら生きて」は、あらためて考えさせられることの多い内容でした。



日本で生きる中国人のさまざまな生態を紹介してきた同ドキュメントは、「小さな留学生」等と題して何回かにわたり放映されてきました。その都度、日中両国の問題に心を痛めたり、人として生きる姿の共通性を思ったり、すれてしまった日本人の一人として恥というものも感じました。



昨晩はその最終シリーズと予告されていましたので事前に承知し、細君とふたりで観ました。



中国文化大革命・下放政策の犠牲者、丁尚彪(てい・しょうひょう)さんは52歳、私と同年でした。
上海に奥さんと娘さんを残して日本に来たのが35歳の時です。
下放政策で満足な教育が受けられなかった丁さんは、本国では職も無く将来がないと日本語留学生として日本にやってきたのでした。
そのための資金40数万円は親戚、知人から借金をして。
しかし日本語学校は北海道の山奥でした。仕事をしながら収入を得て勉強しなければならない身としてはあまりにも劣悪な環境でした。仕事がありません。
やむ得ず、そこから脱出するしかなかったのです。
以後、不法残留となりながらも15年間、複数の仕事をかけもちし朝から晩まで働き、ひたすら家族へ送金しました。その甲斐あって娘さんは米国留学が実現し医者になることができました。



丁さんは、自分が得られなかった教育の機会を娘に託したのでした。
そして託された娘がこれまた見事でした。「両親の苦労は全て私のためにしてくれていること、私はその恩に報いるため、医者になって後世の命を守りたい」と産婦人科医を目指したのです。
丁さん家族のこの道のりは、長く険しいものでした。何度も何度も涙して得られたものだったのです。



こんな話しが今の日本にありますか?
恥ずかしながらありません。
私が丁さんの立場で丁さんと同じようなことが出来るかと言われたら下を向いてしまうでしょう。
命を削るような貧乏・節約生活をして娘の夢を実現させたこの父親はおそらく中国でも稀な人ではないかと思います。
しかしそれだけに終わらない丁さんの立派なところは過酷な運命に愚痴をもらさず、
日本経済の発展は国民皆が努力しているからであって中国人は日本人をお手本にすべきだと話し、
帰国の際、飛行機の中で娘の夢が実現する機会を与えてくれた日本に感謝するとして手を合わせて顔を震わせ涙していたのです。
大抵の人なら日本語学校に騙されと恨み、日本での仕事のきつさに根をあげ、日本での極貧生活に負け、潰れてしまうのです。
丁さんは日本での生活に感謝したというのですから感服するしかありません。



国民総中流意識のもと漫然と生きてきた私たちは、丁さんの生き方を通して忘れていた家族の絆と高い志し、
人を恨まない心など大切なものに気づかなければいけません。



そして「こんなすごい父親に少しでも近づけるよう心あらたにしないと」と強く思いました。
丁さん、ありがとう!
(丁さん、あなたに出会っていれば、あなたが日本を去る時、長年の労をねぎらい日本酒を振る舞いたかった。)


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by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-04 12:26 | 人の生き方 | Comments(9)

我らはブロガー

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国営・森林公園南口付近の沼(フォト・2006.10.31)



ブログとは一般的に社会的な出来事や興味のある事柄に関して個人的な意見や批評、解説を日記に近い形式で公開するWebサイトだといいます。



もとは1999年頃にブロガーと呼ばれるWebサイトの更新や管理を簡単にするソフトが登場し、アメリカを中心に広がり始めました。個人が発信するジャーナル系サイトはWeblog(Web・・クモの巣状の、Log・・日誌)、またはそれを略してblog(we blog=我々はブログをする)というようになりました。
そしてブログの情報発信者をブロガーというようになったのです。



アメリカで発展したブログは意見表明やジャーナリスティックなものが多いということです。
社会問題や政治問題の論評が占め、実名入りの記事に数百のコメントが行き交うのだそうです。



一方日本で浸透したブログは、日常生活の個人的日記がほとんどです。
それもさしさわりのない趣味的なもの、食、ペットのことに関するものが多いですね。
なかには特に有名人等に見られる広告宣伝が目的と思われるものもあったり、ビジネス展開が目的とされているものもあり、これ等には全く興味がありません。

自分のブログはどんな位置づけになるのか、実は深く考えたことはありませんでした。
日記というつもりはないし、かといって意見表明などという大それたものでもなく特別なねらいを持っているものでもありません。
しかしこのまま漫然と続けていくことに少々疲れを感じていました。
1年ちょっとのブログですがマンネリ化していました。



10月31日「ブログ更新への気が薄い」という記事を書いたところ交流ブロガーの皆さんから、あたたかいコメントをいただきました。
家族からは冷たく「やめてしまえば」と言われました。
いろいろな意見に少し刺激を受けました。
ブログの展開について再考するよい機会になったのです。
ありがとうございます。

今後さらに模索を繰り返しながらのブログですが
多くの方々とのコメント交換を通して独自のブログを確立していきたいと考えることにしました。



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by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-03 10:36 | コーヒーブレイク | Comments(0)

市丸姐さん

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明治39年生まれだから、生存されていれば100歳です。
昭和が生んだ国民的芸者歌手「市丸」姐さんは、歌はもちろん上手いが絶品の美人でした。
市丸姐さんをご存知の方は恐らく60歳以上の方です。
50前半の私の世代では知る人間はとても少ないです。
私がなぜ知っていて高い評価をしているかというと、伯父が千住で宮大工をしていて市丸さんの自宅を改修したことから、小学生の私に「こんな美人滅多にいねぇぞ、しかも芸者さんだ。俺が仕事に行ってるとき、姐さんは三味線の稽古をしているんだ。俺は聞き惚れてカンナの手が止まっちゃってよ。」と話してくれたことがあります。


私は子供心に粋な話だと感じました。
TVで懐かしのメロディに市丸さんが出てくると伯父の話を思い出しドキドキしたものです。当時すでに70歳前後になっている市丸さんでしたが伯父が話したとおり、すごい美人でした。

私が今、端唄を習っているのは市丸さんの影響と思います。
大ヒット曲に「天竜下れば」があります。実に情緒ある作品です。
日本的で心穏やかにしてくれるこうした歌、演者が現われてくれれば殺伐とした事件など起こらないのではないかと思います。
外国人に「ゲイシャ、フジヤマ、スキヤキ」と言われた時代がありましたが、日本のこの3大イメージをひとつでも欠くことは文化の喪失かもしれません。
日本の情緒は果たして復活できるのでしょうか。
粋な大人たちの課題といっても過言ではないでしょう。


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私の大事な市丸姐さんのCD2枚
右:端唄特選
左:市丸のすべて


by kokoro-tomnog2005 | 2006-11-02 23:59 | 音楽三昧 | Comments(0)

日々のことをお気軽に綴っています。