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来る者には平和を、去る者には無事を_c0340785_20460845.png
「シュピタールの塔」 水彩 27×20cm 制作:2012年 中島勝彦(版画家・埼玉県在)

ドイツ・ローテンブルク
シュピタール門の一番外側のアーチ部分にはラテン語で次の言葉が刻まれている。
「Pax intrantibus, Sal us exeuntibus」(来る者には平和を、去る者には無事を)
しかしこれは額面どおりの言葉ではなく、戦いの連続の中世の時代のものなので反語で
「来る者とは戦争を、去る者には不運を」という意味だと言われている。

しかし現在は、旅行者に対して「来る者には平和を、去る者には無事を」という真の気持ちで
捉えているとのことです。

このお話しは、この絵の作者・中島勝彦さんからお聞きしました。
「シュピタールの塔」作者の思いが穏やかに描かれています。



<作家寄稿文 2020.5.31>
この作品の門をくぐって向こう側に出たところのさらにの向こうにゲートがあります。
そこに碑文があります。 作品の門をくぐってみるとこの塔の上部が見えます。
位置関係は当時現地でスケッチしたものでわかります。このスケッチの左下に碑文の文字を描いています。
PAX INTRAN TIBVSSALVS EXEVN TIBVSPAXは平和・安らぎ 
INTRANは来る TIBVSは者・人SALVSは幸せ・安全 
EXEVNは去る TIBVSは者・人
碑文はこのゲート上部曲面にあって真下から見上げないといけません。
なぜこんなに見ずらいところに、しかも隠すように小さな碑文なのですです。
呪いのような・・・・。(写真を撮って碑文を張っています。湾曲しています)
外からローテンブルク城内にいるにはこのゲートをくぐりさらに30メートルくらい歩いて要塞の門を通って中心部に向かうことになります。
このバスタイ要塞の版画ドライポイント技法を貼ります。シュタールの塔が見えます。

以下は同人誌に投稿したもの。  
2006年「ラインの調べとロマンチックドイツ」10日間の旅に出ました。
5月26日成田発NH201便、ロンドン・ヒースローで乗換フランクフルト20時25分着。
2日目はリューデスハイムから乗船するライン川下り。
3日目は医師であり博物学者のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト生誕の地ビュルツブルグを訪れました。
4日目はローテンブルク。中世の城塞都市の街並みが残るロマンチック街道最大の町です。
町の西にはタウバー川が深い渓谷をつくっています。
ローテンブルクはローテンブルク・オブ・デル・タウバーRothenburg ob der Tauberといいます。町の名前の由来はこの渓谷から見上げると赤い城塞が見えることから「タウバー川の上の赤い城」となったという。
5日目、ディンケンスビュール。6日目、ホーエンシュバンガウへ。
素晴らしい白鳥城、ノイシュバンシュタイン城に入場。7日目、ハイデルベルクへ移動。
8日目、ハイデルベルク観光。学生牢跡など見学。9日目、フランクフルトへ移動。
フランクフルト発パリ経由で成田へ。この旅ではローテンブルクの中世の城と建物にすっかり魅了されました。加えて町なかの銅版画店とその隣のパン屋のコーヒーがことのほか美味かったことも忘れられません。 
帰国後、銅版画教室の講師へローテンブルクに行ったことを話しました。
講師曰く「君、あの言葉で有名なローテンブルク? 来たりし者に安らぎを、去りゆく者に幸せを・・・だな」。
早速ネットでその言葉「来たりし者・・・」を検索したらローテンブルクの南門に碑文があるという。
2013年5月再びドイツに行きました。前のコースとほとんど同じコースです。
ローテンブルクでは丸1日半の自由時間がありました。門や塔のスケッチを楽しみ、
銅版画屋さんの工房を訪ねて大きなプレス機でのデモを見せてもらいました。
あのパン屋のコーヒーも間違いなく美味でした。その後南門のシュピタールバスタイで碑文を探しましたが見つからず、あきらめ7,80メートル先の外門に向かいました。
門をくぐって振り向いて見上げた天井にそれはあったのです。そこに嵌め込められた小さな石に風化した文字があり、「PAX INTRAN TIBVS SALVSEXEVN TIBVS」と、2行のラテン語が読み取れました。

中島勝彦


by kokoro-tomnog2005 | 2020-05-29 21:08 | アートな日々 | Comments(0)

5年ぶりに額装

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「樹」 油彩・コラージュ ボード 16.5×20.5cm 土橋 醇(どばし・じゅん)1910-1978 

小品だが入手時は額もなく作品だけの状態だった。
額装して公開をと思い続け5年が経過してしまった。


5年ぶりに額装_c0340785_16384138.png
サイズは変形で1号ともSMともいえず、ボードも厚みがあり、油彩の上に色ガラス片が細工してあり、そのまま額に収められない。
画材店のアドバイスで3号の額に裏板からビスで留めて画の表面が額ガラスにあたらないようにしてもらった。
作品はイメージを変えよみがえった。

土橋は1938年に東京美術学校(現・東京芸大)油彩画科を卒業、渡仏してアカデミーランソンに学んだ。
帰国後は光風会で活躍、1953年再び渡仏し20年間にわたりパリで制作活動を続けた。
画風は抽象モダンでパリ画壇で数々の賞を獲得したことからパリを始めとする諸外国の美術館に多数の作品が買い上げられた。

偉大なる画家の作品にとても失礼をしてしまった。
額装していない絵は、裸の人間と同じだもの。




by kokoro-tomnog2005 | 2020-05-29 17:15 | アートな日々 | Comments(0)

メイドインジャパンへ

メイドインジャパンへ_c0340785_17172452.jpg
      
昭和職業絵尽 「旋盤工」 木版画 和田三造 個人蔵


コロナ問題が起きてからマスク、消毒液を始めとするさまざまな品不足を体験して今更ながらメイドインジャパンの価値を思う。
作る側は利益重視を優先してきた結果、製品の根幹である部品や日常使用品などさまざまなものを海外生産に依存してきた。
それが今回のような想定外の事が起きて製品の流通が麻痺してしまい、国民生活は混乱してしまった。

消費者として安価ならなんでも良いという判断は社会全体を歪なものにしてしまった。
安価なものはそれなりの品質だ。下手すれば瞬時にゴミ化してしまう。
今回のマスクのように日本人の衛生観念からすればとても許容できないものまで市場に出回り、挙句は国が配る2枚のマスクは論外。
消毒液はまったくデタラメな成分で役に立たないものまで出回る。
製造業に至っては部品製造を海外に依存していたため、生産がストップしてしまう始末。

今やメイドインジャパンは夢の跡形なのか。
製品の質に見合った適正な価格で我々も納得し不良品には手を出さない民度の高さを持つべきなのだろう。
しかしそれを阻害するは時の政府が長期的な視野に立たず、海外には莫大な税金を垂れ流し、肝心な国民生活向上の施策をしてこなかったことが今回のとても貧困な状況を生み出したのは事実だ。

メイドインジャパン、今からでも遅くない。
企業も政治も、そして国民も回帰すべきである。
まずはデタラメな政治から変えよう。




by kokoro-tomnog2005 | 2020-05-24 17:48 | お~い ニッポン | Comments(0)

原爆の図・丸木美術館を支援しよう!_c0340785_11160069.jpg
 
原爆の図・丸木美術館が窮地に立っている。
コロナ感染による自粛から閉館状態で収入が途絶えた。
館を支える資金がなくては長く館を継続することが難しくなる。

原爆の怖ろしさ、平和追求の大切さを後世に伝える貴重な美術館だ。
現在、同館では寄付金の支援を呼びかけている。
私もささやかながら寄付をさせていただいた。
多くのみなさんの共感が将来の平和への願いにつながる。

 
https://marukigallery.jp/                   

by kokoro-tomnog2005 | 2020-05-08 11:24 | お~い ニッポン | Comments(0)

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